今日のおおしお市民農園




2012年10月04日(木): 早朝、小樽上陸です。アイヌ語地名を絡め、「にしん街道」をたどります。
以下、画像を中心に解説を加えてゆきます。




オタモイの海岸 (1)。
(オタ・モイ:ota-moi)「砂浜の・入江」の意です。



オタモイの海岸 (2)。
オタモイ遊歩道が、落石の危険性から通行止めで、浜には降りられませんでした。
又、オタモイ地蔵のことも気になりますね。次回に是非訪れませう。



忍路の港、天然の良港です。
「江差追分」の一節、”忍路高島 及びもないが せめて歌棄磯谷まで”と歌われた、
忍路場所の在った処です。
地名解の説は色々とあるのですが、(ウショロ: ush-or)入江の意で丸く治めませう。



余市川からフゴッペまでは「オタノシケ」です。
(オタ・ノシケ:ota-noshke)「砂浜の・中央」の意です。
道内のあちこちに在ったのですが、現在は「浜中」「中浜」等に代わっています。
唯一?健闘しているのは、釧路の大楽毛(おたのしけ)かも知れません。



下ヨイチ運上家、唯一現存する運上屋です。
余市には、上ヨイチ運上家も(余市川を挟んで東、駅の在る海岸に)在ったそうです。



下ヨイチ運上家 (2)。
両運上家は、代々、林家が請負人となって居ました。

ところで、運上家(家の音は"ヤ")、運上屋どちらが正しいのでせうか?答えは、どちらでも可のようです。
普通は"屋"を使いますが、今回の場合、"家"を使う記録はそれを尊重したつもりですが...。



浜中の海岸、「オタノシケ」です。
(オタ・ノシケ:ota-noshke)「砂浜の・中央」の意です。
「浜中」に代わった典型例ですね。



シリパ岬。
(シリ・パ:shir-pa)「山の・頭」の意で、海中に突き出ている岬をさします。



浜中の、福原漁場 (1)。
明治2年に場所請負制が廃止され、漁場が開放されてから頭角を現した網元の漁場です。



浜中の、福原漁場 (2)。
場所請負制は、政商が支配する構図です。それが廃止され、(不完全ながらの)自由競争の下、
新興勢力が台頭してきたのでせう。(後で言及する小樽編の)小樽の三大網元も同様でせう。



白岩町:出足平(でたるひら)川・河口(レタル・ピラ : retar-pira)白い・崖の意、見ての通りです。

1996年2月10日の「豊浜トンネル岩盤崩落事故」以来、安全なルート確保が求められ、
古いトンネルの多くは封鎖されました。此処もその一つ、行き止まりになりました。
その影響で、"retar-pira"が世に知られなくなりましたが。まあ、物好きは足を運びませう。



白岩町の奇妙な岩。(調べました、えびす岩と大黒岩です。)まあ、副産物ですね。



ローソク岩ですが、私には観音様に見えます。



セタカムイ岩。
(セタ・カムイ: seta-kamui)「犬・神」の意です。



古平・歌棄。古平場所が在った処です。
「歌棄:うたすつ」(アイヌ語で[オタ・スッ : ota-sut]) 、歌を忘れたカナリアではありません。
 [オタ](和人には[ウタ]と聞こえた)は砂浜の意、[スッ]は端・根本。  「砂浜の端」程度の意味です。

ふるびら(フーレ・ピラ: hure-pira)「赤い・崖」の意ですが、何処の地形でせう。



古平・歌棄の番屋。屋号(紋章)は”長に(┓)カギ or カネ”(旧八反田家番屋?)

「歌棄:うたすつ」(アイヌ語で[オタ・スッ : ota-sut]) 、歌を忘れたカナリアではありません。
 [オタ](和人には[ウタ]と聞こえた)は砂浜の意、[スッ]は端・根本。  「砂浜の端」程度の意味です。
今回の旅の柱となる地名です。上記、「忍路」で触れた、江差追分に登場する歌棄と同名異地です。


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