今日のおおしお市民農園




2012年10月07日(日): アイヌ語地名の旅・(尻羽岬)編です。
以下、画像を中心に解説を加えてゆきます。




大樹町・生花苗川看板。
実は、「生花苗:おいかまなえ」は海岸の沼の名前です。(オイカ・オマ・イ: oika-oma-i)
「(海波が)越え・入る・もの(沼)」の意です。その沼に流入する川から「生花苗川」なのです。

実は、これらは、帰ってからの調査で知ったものです。地形図には、沼からの流出口がありません。
是非、沼を見に行きたいものですね!
(PS. 松浦図には"オイカマイ"と表記されていますが、永田地名解では見出せないのが...。
又、近くの「長節:ちょうぶし」も、(チ・オ・プシ・イ: chi-o-push-i)
「自ら・そこ(川尻)を・破る・もの(沼)」の意。この地域、同様な地形のオンパレードです。ワクワクしますね!)

(PS. 2014年の調査参照:十勝川河口・南西部の海跡湖)



「生花苗(おいかまない)川: oika-oma-nai」。とても”またがり越えられる川”ではありませんね。
この、「(海波が)越え・入る・もの」は、次の「コイトイ」の(偶然ですが)伏線になります。



白糠町・恋問(こいとい)橋から、コイトイ川。
「こいとい」(コイ・トイェ: koi-tuye) 「波が・破る」の意、"川の下流が海岸砂丘の後を横流れしている処で、
海波が荒い時に、その砂丘を破って川に打ち込むことから呼ばれた地名です。"


コイトイ川河口の砂浜。
有名処では、稚内市・声問、苫小牧市西・小糸魚(市街地化して、面影なし)、標津・茶志骨川下流が挙げられます。
(PS. 松浦図や、地形図を眺めれば、(コイ・トイェ: koi-tuye)地形は、あちこちに在ります...。)



釧路市・大楽毛(おたのしけ)手前、恋問海岸。
「おたのしけ」(オタ・ノシケ: ota-noshke)「砂浜の・中央」の意。
道内各地に見られますが、殆んどは「浜中」・「中浜」とされ、唯一?残っているのが、この「大楽毛」です。
かっての「大楽毛」は、この画像のような状況だったのでせう。



大楽毛海岸(阿寒川河口)。
現在の「大楽毛」は完全に市街地化して、面影なしです。この阿寒川河口は小さな"コイトイ"状態ですね。



老者舞(おしゃまっぽ、おしゃまっぷ)看板。この地方の地名は、フクロウ博士が御教授です。
釧路市から尻羽岬までは、難読地名のオンパーレードです。流石の山田氏も地名解に苦労した地方です。
此処は、(オ・イチャン・オマ・プ: o-ichan-oma-p)「川尻に・鮭鱒産卵場・ある・もの(川)」か?としている。

「地方学:ちっぽまない」、「分遺瀬:わかちゃらせ」、「浦雲泊:ぽんどまり」。さて、読めましたか?



尻羽(しりぱ)岬看板。
「しりぱ」(シリ・パ:shir-pa)「山の・頭」の意で、海中に突き出ている岬をさします。
この岬と余市のシリパが代表例に挙げられます。



尻羽岬と大黒島。
厚岸湾に浮かぶ大きな島が・「大黒島」です。(ポロ・モシリ: poro-moshir)「大きな島」の意です。
永田地名解では、(シュー・オマ・イ: shu-oma-i)「鍋・ある・処」、この島を鍋を伏せた形に見立てたのか?

次回は、海を隔てた尻羽岬を見に行きませう。



尻羽岬・帆かけ岩。この岩にも義経伝説が在るそうです。
頂上の鳥居は自衛隊が再設置したそうです。観光協力と訓練を兼ねていたのでせう。



仙鳳跡(せんぽうし)看板。
永田地名解(チェプポ・オチ: cheppo-ot-i)「小魚・多くいる・処)としている。
類推されるのが、利尻島・仙法志です。松浦図では。"チェフホフシ"で、同じ形でせう。


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