今日のおおしお市民農園




2013年07月13日(土): 積丹半島の「袋澗」(ふくろま)についての紹介です。

袋澗と言っても、それが何か判る方は殆んど居ないでせう。私も昨年10月の
「アイヌ語地名の旅」でその存在を知ったばかりですから。

「袋澗」とは、明治・大正期の鰊漁が盛んな時期に、大量に取れた鰊を袋網にいれ、一時的に収めた生簀のようなもです。
特に、積丹半島には多く存在します。この地区は北西の風が強く海が荒れます。
又、背後に海岸段丘が迫り、平地が狭く、鰊の陸揚げがまま成らなかったことにより、「袋澗」が発達したのでしょう

参考文献として、北海道文化財研究所『積丹半島の「袋澗」』昭和62年発行 があります。
この本の副題は「ニシン漁の栄枯を残すミニ漁港の産業考古学的調査」となっており、
各「袋澗」には、反時計回りに、S1から順番にS99 迄番号が振られています。

今回、私は岩内から北上して(時計回りで)神恵内村を中心に「袋澗」を探してみました。
その方が「袋澗」の発見がし易く、駐車も便利ですから。


PS.『積丹半島の「袋澗」』(報告書)北海道文化研究所・昭和62年発行について。(2017.08.24 追加)
他に類書が無い為利用していますが、内容は昭和3年『積丹半島袋澗調査図』の後追記録でしか在りません。
袋澗の所在地は、上記「調査図」からの焼き写しで、現状を伝えるものでは在りません。
「調査図」では、袋澗分布図を五万分の一図に落としていますが、この報告書では、
それすら在りません!後の調査なら、せめて1/25,000地形図に落とすくらいはして欲しかったです。


凡例:(NO) a.場所 b. S-no、名前 c. 特徴

(1) a. 泊村盃 b. S72、 c.


 



 


(2) a. 泊村盃横引 b. S不明、 c.


 



 


(3) a. 泊村 b. S不明、 c.


 


(4) a. 神恵内村(村境) b. S不明、 c. 弁財澗大橋南の橋の真下


 


(4) a. 神恵内村  b. S59、 c. 弁財澗大橋南の橋の下


 


(5) a. 神恵内村  b. S58、 c. 弁財澗大橋南の橋の下


 


(参考) 弁財澗:天然の良港の見本です。


 弁財澗の海側



 弁財澗の陸側



 船留の支柱


(一時的参考) 弁財澗北から泊村盃迄の航空写真


 (許可を得ていませんので、後日消去します。縮尺:1/15000、撮影日:1976/08/28)

 「袋澗」の発見に航空写真が利用できないか試してみました。
  適当な縮尺のものが無い事など、現状では難しいですが。
 「袋澗」の位置を明示するのに利用できるかも知れません。
  航空写真を閲覧するには地図・空中写真閲覧サービスをご覧下さい。

  PS. Google map の方は現状を反映していますが、画像が荒いです。


(6) a. 神恵内村  b. S50、澤口漁場 c. キス熊岩南に隣接


 


(7) a. 神恵内村  b. S49、澤口漁場 c. キス熊岩


 



 


(参考) 澤口漁場の遺構


 澤口家・レンガ造倉庫(背後には海岸段丘が迫っていて、平地は狭いです。[道路部分のみが平地です。])
 積丹半島の漁場一般に云える事ですが平地が余りに狭いです!余市の福原魚場と比較すれば、それが良く判ります。



 レンガ造の柱(利用目的不明)



 大釜(鰊粕を作る為に、鰊を大釜で茹でたのでしょう。)[上記、倉庫前にも大釜が放置されています。]


(8) a. 神恵内村  b. S48、出町の澗 c.


 南側の澗



 正面



 北側手前



 北側



 出町の澗・全景


    積丹半島の袋澗 (2)

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