今日のおおしお市民農園




2014年07月14日(月): 今回の旅で気になった、留萌のニシン番屋の紹介です。
留萌市礼受の「佐賀家漁場」をメインに、その近くの番屋の画像です。
なお、「漁場」は”ギョバ”と読みます。

佐賀家は留萌場所の実質経営者でしたが、場所請負人では無く、松前・田中藤左衛門の 名義を
借りていたそうです。下記画像・製品倉に”因(カクダイ)”の屋号が在りますが、
これは田中家の屋号だそうです。(場所請負人になるには、松前の在住であることが必須で、
佐賀家は南部田名部領下風呂に在住だそうです。)

「佐賀家漁場」の場合、明治中期以降?に見られる、望楼付きの「番屋」風ではありません。
其れゆえか母屋と呼ばれています。
最後に紹介の、小平町鬼鹿の藤田水産の「番屋」と比べればよく判ります。
他に、留萌市礼受の「番屋」(関家番屋?)も紹介です。(これも古いのか?望楼無しです。)

(PS. ところで、小平町鬼鹿と言えば「花田家番屋」が有名ですが、今回はパスです。)
(PS2. 漁場遺構としては、余市の「福原漁場」が有名ですが、これは場所請負制廃止(明治2年)後に
台頭した網元のものです。なお、福原家初代を名乗ったのは明治17年です。)




「佐賀家漁場」:正面・にしん街道碑 



「佐賀家漁場」:正面・母屋 



「佐賀家漁場」:説明板 



「佐賀家漁場」:説明図 



「佐賀家漁場」:説明文 



「佐賀家漁場」:干し場と船倉(左)・製品倉 



「佐賀家漁場」:網倉(左)・稲荷社(正面上)・船倉 



「佐賀家漁場」:釜場と生ニシン一時保存庫 



「佐賀家漁場」:船着場 



「佐賀家漁場」:釜場から母屋方面 



留萌市礼受の番屋(関家番屋?) :ここも望楼が在りません。(「佐賀家漁場」より少し南に位置する。)



留萌市礼受の番屋(関家番屋であれば、明治25年築です。):大釜(ニシンを煮た釜) 



小平町鬼鹿の番屋・望楼風な建築です。 (明治中期以降の建設?現・藤田水産) 


保存庫

HOME