今日のおおしお市民農園




2016年07月18日(月): 北海道遠征を続けるには、何らかの動機付が必要です。
と云う事で、今回は小樽三大網元(青山家・茨木家・白鳥家)の番屋紹介です。

この三大網元は、明治2年の場所請負制度廃止後の(半)自由競争の下、自らの才覚で台頭して来た新興勢力です。
三大網元は小樽・祝津で漁場を運営です。その内、茨木家・白鳥家の番屋は現在も残ってい居ますが、
青山家の番屋は、「北海道開拓の村」へ移築されています。今回その「北海道開拓の村」へ出掛けてみました。
(PS. 「北海道開拓の村」は65歳以上無料でした、早朝に出掛けじっくり見学したい場所ですね。)

又、白鳥家の番屋が浜益の郷土資料館として残されて居ますので、それも紹介します。





青山家番屋 (北海道開拓の村)[大正8年の新しい・贅を尽くした建物です。]
個人的には、「佐賀家漁場」のような原初的な番屋が好きです。




青山家漁家建物群 (北海道開拓の村)




茨木家番屋 (小樽・祝津、'12/10_17 撮影 [頭首経営の番屋でせう。])




茨木家中出張番屋 (小樽・祝津、'12/10_17 撮影 [こちらは番頭経営かな?])




白鳥家番屋 (小樽・祝津、'12/10_17 撮影 [頭首経営の番屋でせう。])
一時期「群来陣:くきじん」の名で料亭として営業していました。
当初、この「群来」を”クキ”と読むのが理解不能でした。(漢字からは音が類推出来ませんから。)
思うに、アイヌ語に漢字を充てたのと同じ系譜ですね! 本来・ニシンの産卵の大群を”クキ”と呼び、
それに(内容を示す)漢字の「群来」を充てたのだと、今は思います。なお、古平には「群来」の地名が在ります。




白鳥家番屋[1] (石狩市・浜益)[こちらは番頭経営かな?]




白鳥家番屋[2] (石狩市・浜益)[現在、浜益の郷土資料館]




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